最近、深夜の祈りの前、心をニュートラルにする際に 『般若心経』を読んだりします。
『般若心経』の信奉者というわけではありませんが、心の雑念が消えぬ時、これを読むと
心が落ち着いたりします。
この262文字からなる般若心経、 経題である「仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶつせつまかはんにゃはらみつたしんぎょう)」は訳すと「偉大なる心の智恵」と言う意味だそうです。
この中に有名な言葉 「色即是空」などがあったりします。
ある日、井上老師から電話をいただいた時、ちょうど色んな事で悩んでいました。
すると、老師は「きさま、心に迷いがあるな、声に覇気がない・・・こんな時こそ色即是空だぞ」と言われました。
「なんすか?それ?」と聞くと、
人間が不安になるというのはまだ起こっていない先のことをアレコレと予測し、未来の事に不安材料を探して都合の悪いことを想定するからだ。
私は僧堂で修行をしている時、忙しく動き回っていれば不安にならないということがわかった、過酷な修行生活では過去を振り返ったり、未来を予測したりする時間など無い、坐禅なら坐禅、読経なら読経、掃除なら掃除、目の前にある行のことで精一杯。他の事など考えられなかった。
不安になるのは「今」という時間にまだ余力があるからだぞ!
忙しく働いている時、稽古に集中している時は不安な気持ちはやってこないだろう。
無心になっているからだ。
「色即是空」という言葉があるだろう、これは空の世界をあらわしたものだが、
この世はすべて実体がない空であり、実体がないから様々なモノとしてあらわすことができるのだ。
一時もとどまることなく変化して、満ちたら必ず欠けていく・・・ 人も事業も、自然も、いつまでも充実した時期とは限らない、絶対不変というものは存在しない、変化の中に不変のものを設定しようとするのはしょせん無理な話なのだ。
大地震などがきたら将来の計画はまず実行できないだろう、まして生きていられるか・・・
大自然の理の中では人間のチカラはまったく及ばないのだ。
だから不安を消すには「空」が示す大自然の法則をまず理解して、その上で、今に焦点をあわせて生きる事だ。
充実した時も、そうでない時も、いい日も悪い日も分別せず、今、この瞬間を味わいつくしてゆく、その瞬間・瞬間を積み重ねていけば、不安など入り込む事はなくなるのだ。わかったか!空手おやじ?
井上老師が「燃えよカンフー」のカンフーマスターとダブった瞬間でありました。
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